このコテージから見る海はなかなかのものである。
ただ我々は天気に恵まれなかったので、曇り空の下での印象しかない。
コテージからはビーチに下りる道がついている。
降りてみる。
ビーチは岩場である。
向こうになにかいる。
もしかして、もしかして。
オットセイの死体である。
オットセイとアザラシとアシカの区別は知らないのでオットセイにしておく。
オットセイは岩の上を動くことができるはずである。
ここなら海に移動するのにさほど労力はいらないだろう。
なのにどうしてここで死んでいるのだろう。
死んだオットセイが打ち上げられた、とみるのが妥当であろうかと思う。
私はこの手のものを見るのが嫌いである。
早々に引き上げた。
この死体がなければゆっくりこのあたりを見て回ったのだが。
敷地的には隣になるのだが、コテージを引き払うとき電話しようと思っていたが、すっかり忘れてしまった。
今日はポートアーサー監獄へいく。
その前にこんなにでかい死体を見せられるとは。
路上で轢き殺された小動物とは印象がまるで違う。
やはり『呪い』か。
このポートアーサー(タスマン島)は海洋動物の宝庫で、これを見学するツアーも盛況のようである。
例えば、これ。
『
観光賞受賞:3時間のウィルダネス·クルーズ
Tasman Island Cruises
タスマン島クルーズは南部のタスマニアのポート·アーサーとイーグルホークネックの間で壮観な海岸線に沿って走る忘れられない3時間の荒崖クルーズを提供しています。
クルーズは、ケープ・ピラーから南半球で最も高い垂直にそそり立つ海崖群へと回りこんで行きます。
お客様は、滝、岩、アーチと深海の洞窟を探検することもできます。
この海岸線はタスマン国立公園の一部になっています。
海岸線には、何千ものでアザラシ、何百ものクジラの遊泳、そして豊富な海鳥などの野生生物の住処でもあります。
ダイビングカツオドリ、風に飛ぶアホウドリと海ワシ、崖のネスティング鵜とハヤブサ、あるいはボートの船首を波切って遊びイルカの伴送などをお楽しみください。
特製製造された黄色のボートはタスマン半島の壮大な海岸線と野生動物を見学するに理想的なものです。
各ボートは、43名様まで乗船できます。
屋根付きオープンエア階層座席は、優れたオールラウンドビューにより自然環境とのコネクテイングをもたらします。
この船は、その燃料効率と低排出動作のため、安全で快適で環境にやさしいものに造られています。
Adults $125
Children $75
』
今日の予定は「ポートアーサー監獄」の史跡見学である。
● 史跡見学センター
大人$35である。
大きな「ビジターガイド」をくれる。
● 「ポートアーサー」のコンパクト版
また建物の大半を占めているのは大きな食堂である。
なにしろこの監獄敷地は馬鹿でかい。
一日がかりで回るほど。
よってどうしても食事をしたくなるのも無理はない。
我々は10時半のガイドについていく予定なのであるが、ここについたのは9時半。
つまり、ここで朝食というわけである。おもしろいのはデイスプレイで昼の特徴的な食事が紹介されていることである。
アジアの客筋が大きいようだ。
「ヌードルボウル」というのがある。
そう、カップラーメン。
どう考えたって7ドル50セントは高いと思う。
中華三昧あたりがカップ麺になってれば納得もするのだが。
いったいなんだろうかと見に行ったらプロダクト・チャイナであった。
とても怖くて手が出ないだろう。
もちろん、大きな食堂でいろいろなメニューが揃っている。
10時半になったのでガイドについて敷地に入る。
向こうに見えるのが絵葉書にもなっているここの特徴的な史跡建造物。
● これがその絵葉書:感化館
ガイドのオッサンが強弱をつけておもしろおかしく説明してくれる。
こちらはまるでわからないから、あちゃこちゃとウロウロする。
あとでその内容を息子がレクチャーしてくれる。
場所を変えて3回の説明の後、自由に見学してください、ということになる。
あっちこっち見て回ってカメラを回す。
あんまりいろいろあるので何がなんだか分からなくなってくる。
●この左右に囚人の部屋がある。
ここの囚人の多くは働かされており、態度が悪い囚人は独房行きになる。
● 囚人部屋 快適のように見えるがこれは写真のマジックによる
● これは囚人の食事である。左が朝食、右が夕食、上がおそらく昼食だと思う。
これから湾内クルーズに向かう。
地図でいうと中央したの「26」になり、点線のような感じで遊覧する。
●Isle of the Dead Cruise Port Arthur Tasmania::google動画から
食堂にもどり遅い昼食にする。
ひとごこちついてから午後の散策である。
下の図あたりを回ることにする。
ここでのメインは教会。
リンゴ園がある。
数種類のリンゴの木が植えてあり実をもっている。
もぎ取って食べていいとある。
食べてみた。
少々甘みが足んない。
小さなもの3つほどバッグにいれてもってきた。
こういうことをしてはいけない。
そういえばリンゴのことだが、タスマニアには日本のリンゴがある。
それもスーパーで売っている。
名称は『TSUGARU(りんご)』という。
津軽リンゴを移植したのだろう。
ところでこの「緑壁:グリーンウオール」は何だ。
ここにはたくさんの鳥がいるが、いくつかの見知らぬ鳥に出会った。
うまく撮れたものを載せておく。
特徴のある大きな鳥ですので簡単に探せるとおもったのですが図鑑をめくってもそれらしいものに行き当たらない。
分かったらその都度、名前を書き込みます。
● 鳥名:不明
● 鳥名:不明
● 鳥名:不明
入り口の案内カウンターの横におきなデイスプレイがあってレストランの宣伝がかかっていた。
昨日はナビにいっぱい食わされたという苦い経験がある。
受付嬢に聞いてみた。「このレストランはどこにあるの?」
答えは
「ここです」
「ここって?」
大きな食堂が夜になると奥のほうが仕切られ、そこがレストランになるのだという。
ということは、テーブルと椅子はこの大食堂のもの同じということになってしまうのだろうか。
それともレストラン用に入れ替えるのであろうか。
まさか、夜来てみたら、やっていません、なんてことにはならないだろう。
なら、ここにするか。
「予約はどこでできます?」
「ここです」
早速に6時半に3人の予約を入れた。
それまで、コテージに戻って休もう。
時間になって改めて「監獄へ出かけ」ていった。
表現がおどろおどろしている。
なるほど、中央あたりに仕切利が入り、向こう側がレストランに変身していた。
テーブルと椅子はやはり食堂のものであった。
このレストラン『The Pavement Restaurant』という。
まさか「監獄レストラン」なんて名前をつけるわけにもいなかいだろう。
だがである。
検索してみたがタスマニアあるいはポートアーサーにはそのようなレストランの名前はヒットしないのである。
これは仮想空間のなせるワザか。
「呪い」か。
つまり呪想空間か。
昨日のレストラン案内のナビといい、このレストランのインターネットアクセスといい、何かこの地域ではインターネットの電波が歪んでいるのではないだろうか。
レストラン自体がインターネットに載せていなくても、利用したお客さんの書き込みがあってもいいはずなのだが。
画像でも出てこない。
何でも呪いのせいにしてしまう。
ちなみに日本には都会の真中に「監獄レストラン」がある。
この時間、この監獄では
『ゴーストツアー』
という怖ろしいツアーが実行されている。
『
Port Arthur Historic Siteゴーストツアー [Ghost Tour]
http://www.portarthur.org.au/index.aspx?base=7639
不気味な90分のランタンライト付き冒険にお出かけください。
このほぼ2世紀に渡る資料に残る目撃情報と超常現象には、ポートアサーの持つ強烈な暗い雰囲気が映しだされています。
真実か、はたまた神話か?
どちらだとしても、静寂とランタンの柔らかい光は、これら昔のことを手の中にあるかのように感じとることができます。
ほとんどのゴーストツアーとは異なり、ポートアーサーゴーストツアーは、世界遺産に登録された場所にあり、他は見られない非常に素晴らしいものです。
押し合いへしあうようなツアーではありません。
これは本当に特別な場所の持つユニークな体験なのです。
』
『
コトバンク ポートアーサーかんごくあと【ポートアーサー監獄跡】
https://kotobank.jp/word/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E7%9B%A3%E7%8D%84%E8%B7%A1-806015
オーストラリアのタスマニア州の州都ホバートから南東に約100km、タスマニア半島の突端にある流刑地跡。
1830~1877年の間に、重罪人や植民地での犯罪者など、1万人以上がここに送り込まれた。
当時の独房や石造りの教会が残っていて、現在は町全体が歴史的遺産として管理されている。
「ヒストリックゴーストツアー」が夜間に実施されている。
』
そういうのには近づかないようにしている。
「ゲゲゲの鬼太郎」は面白いが、墓場は嫌いである。さっさと夕食にしよう。
ワインはタスマニア産で。
昨日のことがあるので、息子は軽くビールで。
ところで私は肉が食べられない。
昔は誰よりもステーキを好んでいた。
皆が普通の料理を注文しているときでも、私だけはステーキであった。
だがここ十年くらいまったく食べていない。
もっぱらサカナを主にしている。
何かを境にガラリとサッパリ系に変わってしまった。
もちろん肉ジャガやあるいは添え物の薄肉は少しは食べる。
これもいっとき、肉だけ皿の横に分けて食べなかった時期があった。
ギョーザやキャベツ巻きのひき肉は食べられる。
鶏肉は大丈夫である。
そんな状態にあるのだが、どういうわけかこのレストランでは無性にステーキが食べたくなったのである。
これも「呪い」か。
囚人たちが「肉が食いたい」と渇望しながら、その望みを叶えられずに息絶えたことの恨みかもしれない。
それとも、
「そろそろお前も向こうの世界からお呼びがかかりそうだから、今のうちに食べておけ」
という天の神様のご配慮かもしれない。
理由はどうであれ、何しろステーキが食べたかった。
そして、食べた。
本当に本当に久しぶりの肉の塊であった。
満足か、といえばもう少し量が欲しかった、とおもうほどである。
【相当にいい加減なタスマニア旅行】
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【参考】
■公式ガイド
Port Arthur Historic Site - Tasmania
■「ポートアーサーの呪い」
世にも恐ろしくないゴースト・ツアー
THE EXTROADINARY. Port Arthur Ghosts.
■NHK世界遺産
『
NHK世界遺産 『を刻む』
http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/toki/archives/121221.html
国を築いた「罪人たち」 2012年12月21日
今回訪ねるのは、オーストラリア・タスマニア島にある囚人施設の史跡。
オーストラリアでは、刑務所跡や受刑者が働いた炭坑や農場などの建造物11か所が世界遺産に選ばれ、そのうちの5か所がタスマニアに残されています。
なぜ刑務所などの史跡が世界遺産になったのか。
それは、イギリスから送られて来た囚人たちがオーストラリアという国を築く上で大きな力になったという歴史があるからです。
19世紀、産業革命と海外進出で発展期を迎えた大英帝国は、植民地の開発にひとりでも多くの労働力を必要としていました。
その一環として次々にオーストラリアへ送られたのが囚人でした。
食料や衣服の窃盗などささいな罪で流刑になった人も多かったことから、彼らは囚人であると同時に「移民」という意味合いが強かったことが近年明らかにされ、関係施設の世界遺産登録につながったのです。
番組では、1830年からのおよそ50年間に12,000人の囚人を収容したタスマニアのポート・アーサー刑務所跡と、同じ頃イギリスから自分の意志でオーストラリアにやって来た移民が開拓し、囚人が労役に就いていた大農場を訪ねます。
現在6代目の当主が運営するこの農場も世界遺産のひとつです。
また、近年、オーストラリアでは自分のルーツに興味を持ち家族歴を調べる人が増えています。わずかな手がかりを元に先祖が囚人だったことを突き止め、
それを誇りにする女性の思いを交えながら、若い国・オーストラリアのもうひとつの歴史を描きます。
』
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